7時半に起きた。十分眠れたかどうかわからんが、とにかく起きた。
インドの不思議:ITブームはいいけど、その前にどうして基本インフラを整備しないんだろう。 本当にインドに行っていいんだろうか??エージェントがリストした3社のうち、ひとつは“over qualified” でダメ。「よすぎる」ってこと。残念なような、誇っていいような、ホッとするような、複雑な気分。
20代は、目は米国に向いていた。日本の新聞の国際面を読んで、「X日発売の米誌XXによると」などと書かれているから、「じゃぁ、その米誌XXをそのまま読めばいいじゃないか」となった。 偶然買った“TIME” だったが、何が書かれてるのやらさっぱりわからない。言語の問題は当然あったが、米国と世界の制度、組織、人についての知識がどうしようもなく欠如していた。ただ、掲載されている写真を眺めて、きっと知りたいことが書かれているに違いないと思った。 2年だったか、3年だったか経つと、医学記事であろうと科学記事であろうと、芸能記事であろうと、「カバー・トゥ・カバー」で読んでいた。“Madonna” も“Sade (Adu)” も“TIME” で知った。
重要ニュースは他の雑誌にも記事になっているから、“Newsweek” も読むようにした。1週間に2冊読むようになると、3冊目。“U.S. News & World Report” も追加し、外交専門季刊誌“Foreign Affairs” の購読も始めた。90年にイラクがクウェートに侵攻すると、英国の“The Economist” を追加した。
92年に米国に行って、“The Nation” と”National Review” という両極と言ってもいい雑誌も読み始め、帰国してからも購読を続ける。“TIME” と“Newsweek” はアジア太平洋版では飽き足らず、米国の国内版も読んでいた。
これだけ読むことに時間を割いていて、まともに仕事ができるわけがない。雑誌や新聞で書評を読んだりすると、その本が読みたくなったりする。読んでみたい本が増える一方で、台湾、韓国に行く機会を得て、目線は欧米一辺倒からアジアへも向かうようになる。そして、雑誌をひとつ、ふたつと落としていった。シンガポールに来た2000年には、米誌の購読は全部止めていて、主張に同意するという意味では必ずしもないが、最も「総合的に」情報の得られる“The Economist” だけにしていた。
それでよかったと思う。雑誌を減らした分、Maugham やGreene に、Dostoevsky など、それまであまり手を出さなかった小説も読むようになった。うつ病の治療を始めてからは、Key Redfield Jamison やAndrew Solomon にも出会えた。
シンガポールの新聞はおもしろくないねぇ。他国の人権侵害や報道規制については伝えているけど、自国のことには黙り込んだまま。投書欄に時々「私たちはアジア人だということを忘れてはいけない」というのが載るけど、スポーツのアジア大会に出るのは、日本からパレスチナまで。一体、「“アジア”の概念とは何なのか」という投書を数週間前に送ったけど、掲載されず。政府方針と違ったんですね。
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