Friday, February 25, 2022

(More) Cases of Coincidence

今月8日の夜、日本に住む長年のお知り合い3人と「リモート飲み会」を開いた。楽しんだ。3回目かな。話の都合で海部俊樹元首相のことに触れたのだが、数日後に彼の死去が報じられていた。亡くなったのは9日ということで、自分が海部氏のことを話していた時、彼は彼岸へと向かおうとしていたということか。

また、昨夜からけさにかけて、外国語としての日本語を何年かぶりに再読した。この著作を選んだことに大きな理由はない。強いて言えば、先に再読した日本語を叱る!に関連した読み物だったということぐらい。著者である佐々木瑞枝氏は出版当時横浜国立大学教授であった。今夕、発生から50年が経過した連合赤軍によるあさま山荘事件に関するYahooニュース掲載の記事のひとつを読んでいると、記事の対象となっていたのは終身刑を下された犯人の一人で、彼は事件当時、横浜国立大学の学生だった。

なぜか、こういう偶然に遭遇することが印象に残るほど多い。

Wednesday, February 23, 2022

Unconscious Relationtions of Books

I've been rereading books I have because I can't afford to buy new ones. I get surprised finding that I don't remember almost nothing written in some of them. I don't even remember the existence of some books. And I get also surprised finding how closely related some are to others.

Katharine Graham's Personal History is, in a different context and closely, related to Sugiyama Takao's メディアの興亡. And Jacques-Marie-Émile Lacan, Jacques Derrida, Martin Heidegger and Ferdinand de Saussure, whoever they are, appear in 文学部唯野教授 by Tsutsui Yasutaka as Lacan, Derrida and Heidegger are mentioned in 日本語を叱る! by Kaganoi Shuichi. Saussure seems to be the title of a book he authored.

日本語を叱る!, published in 2006, addresses issues I've been concerned and unhappy with. I didn't even remember I had this book with me, have read it for that matter (when?), and delighted to discover in a small drawer space in my bedroom and reread it.

Wednesday, February 09, 2022

Sugiyama Takao's Creative Nonfiction Story

杉山隆男著の『メディアの興亡』に学ぶところは多い。これも初めて読んだものではなくて、これで二度目だが、最初がいつだったのか覚えていない。

しかし、「阿倍野の自宅から南海電車でひと駅の天王寺」「(大森実とニール・シーアン(Neil Sheehanの)二人は、サイゴンのマジェスティック・ホテルでバーボンを飲みながら」、そして東京で「酒をくみかわし、揚げたての天麩羅に舌つづみを打った」などと、いい加減なことを読まされると、他の部分も信用できなくなる。『Once upon a Distant War』(William Prochnau)には、シーアンの断酒にいたる経緯が書かれているからだ。

Thursday, February 03, 2022

Ishihara Shintaro: the Man Who Didn't Hesitate to Say No to America

石原慎太郎が亡くなった。

彼の主張に対する好き嫌いの別はあっても、無視できない人だったことは間違いないだろう。

2012年7月だったか、マリーナベイ・サンズ(MBS)で開催された世界都市サミットに出席するため、石原都知事(当時)はシンガポールを訪問していた。統合型リゾート(IR)の日本への招致を最初に推し進めようとした人でもあり、MBSも彼の発言に注目していた。

会議後に「ぶらさがり取材」があるはずなので、そこでのIRに関する知事の発言を聞いて、伝えてほしいとMBSから依頼があり、当日、ジュースを飲みながら「屋上の船」で待機していた。すると、知事の体調がよくないので会見はしないと都庁の人から連絡があって、仕事としては完全に空振りだった。「せっかく来たのに……」と、周りにいた日本からの取材陣にはっきり聞こえる声で言ってしまった。発言を録音しようと、ICレコーダーまで買ったのに。ロビーに降りて引き上げる準備をしていると、知事が、おそらく控室に戻るために、すぐ近くを通っていった。お疲れの様子がうかがえ、また片足を引きずるようにして歩かれているように見えた。

30余年振りに、盛田昭夫との共著『Noと言える日本』を読み返してみた。キッシンジャーの中国極秘訪問に関するくだりがあるが、何かおかしいのではないか。石原慎太郎は年代に触れていないが、キッシンジャーが中国首脳部に見せたという衛星写真は1979年の中越戦争のものだろう。しかし、彼の中国訪問はもちろん1972年であって、整合しない。

もうひとつ、この著作を再読しておどろいたことがあった。常々思っている日本の漢文教育に関することを盛田昭夫がすでに指摘している。