眠って、また疲れた。続けさまの夢。起きたら汗だらけだった。
羊飼いがいそうな牧場のような景色。3~4歳の男の子が輝く笑顔で家の中に入ってきた。母親が冷蔵庫を開ける。ここでなぜか自分の頭には「いっき」という言葉が浮かぶ。この(どの?)国の言葉、“Ikki” は「一気」と同義で「一気ミルク」という名称を思いつく。母親が冷蔵庫から取り出したのはミルクだったか?子供の後ろに、大人の男性がいたが、姿ははっきりしなかった。
病院。案内板が英語表記だけやったから日本やないな。病室にいる自分の母親をほんの数分だけ見舞う。すぐ後に自分が肺炎と診断され、女性看護士が右腕に採血で使うような太い針で注射しようとする。すでに左腕には注射の跡があって、赤く腫れ上がっている。2度目の注射を拒もうと必死。“No!! It’s gonna be very painful!! Painful!! Look at the needle!!” と叫んでいた。付き添ってくれた人がいたが誰かわからない。
同じ病院内でARN のボスと偶然出会う。「TB」と言って、腫れた注射の跡を見せた。TB?肺炎やなかったんか?
自宅に友人を招いた。今まで住んだどの家でもなく、すっきりとして明るい部屋。男女合わせて7~8人いたような気がする。日本人はほんの数人で、そのうちひとりはスミノ君だった。うちの母親は、欧米人の女性に何か(多分、PC操作)について質問していた。「英語で説明して」と言いながら。ノートに文字と図を混ぜて、聞いたことを必死にメモしていた。
この友人らと鴨川(賀茂川?)沿いに出掛けた。途中、天気が悪くなり雪になった。「雪だ!」と言ったが、みんなが気づくまでの一瞬で雨に変わっていた。
母親が、やはり川沿いを、ひとりで散歩していた。見つけて声を掛けようとすると、「あんたはあっちの車に乗りなさい」と言う。タクシーのことかなぁと思ったけど、タクシーは見当たらず。その代わり、そばの停留所でバスを待つことにした。友人はいなくなっていた。
彼らは自分ひとり置いて神戸に行ってしまった。電話があって女性と話す。須磨の海岸にいるらしい。自分は、“It takes me some time to reach you. Is it west or east of Kobe?” と言っていた。
川沿いの場面が続く。ちょうど賀茂川沿いのように道が平行して2本ある。2本の間には斜面があって、これも賀茂川のようだった。(何年間の歩いてないので、記憶違いかもしれないが。)夢では、2本の間の距離はわずかで斜面も急ではなかった。川から遠い側の道を長さ1メートル、幅10センチほどの変わった形のかばんをもって歩いていた。川に近い方の道に移動しようとしても、うまい具合にそうできる場所がなかなか見つからない。数段の木製階段を上って、やっと移動しようとすると、かばんを落としてしまう。中には、「大阪球場の入場券」など大事なものが……。階段は濡れていて、隙間からかばんの中身が落ちていった。下にはもう1本の川が流れていた。階段に残ったのは、何個かの溶けゆく青緑色の翡翠の玉だった。(この場面は引っ越しのことが頭から離れないせいだろう。)
ミルク、病院、注射、川、雪、雨、海……。どこかの場面では、小さな演奏会場も現れた。連想して意味を探ろうとしても無理やな。
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