Wednesday, October 20, 2021

Reporting from South Vietnam―日本人記者たち:「ジャーナリズムの恥」と文豪が言う(3)

 実際、日本での報道の状況は「一九六四年に新聞社から臨時移動特派員になってヴェトナムへいってみないかという誘いがあると、その場で乗ることにした。その頃、この国のことはほとんど何も報道されていず、何やらいつも殺しあいをやっているらしいなというぐらいにしか感じられていなかった。クーデターや大統領暗殺があると、そのときだけ記者はかけつけ、騒ぎが終ると、香港やバンコックへ引揚げるという習慣になっていて、支局をサイゴンに設けている社は一社もなかった。記者の誰一人としてサイゴンから出たものはなく、まして最前線へ出かけたものとなると一人もいないばかりか、思いもよらないことのようであるらしかった。あとになってふりかえってみると、この年の暮れにはほとんどサイゴンはコミュニストに陥落させられそうになっていたのであって、だからこそ翌年の六十五年からは米軍が大量に全精力と資材と人員を投入しはじめ、それは〝エスカレーション〟の一途をたどることになるのだが、東京の新聞社では誰も何も感じていなかった。新聞社だけではない。テレビ、週刊誌、月刊誌のどれにもサイゴンのサの字、ヴェトナムのヴの字すら出ていなかった15」のである。しかし、その一方で「何年となく(老練記者の波多野特派員は)この国の無数の出来事を目撃してきたのである16」との記述もあれば、はたまた「前年(一九六四年)の十一月から滞在することになったのだが(中略)日本の新聞社はどの社も支局を設けていず、記者たちは東京か、香港か、バンコックからやってきてホテルに泊まり(中略)〝専門家〟と呼んでいいほどの知識と経験のある人は一人もいなかった17」とあるからはっきりわからないが、少なくとも昭和四十(一九六五)年の初めまで、ベトナム、つまりサイゴンに常駐していた日本人記者は皆無だったのだろう。日本が第二次大戦中に占領した国ではあるが、注目するほどの関心もなかったのである。トンキン湾での事件後に北側爆撃があったことを日本の報道機関は知らなかったのだろうか。それとも報道する価値がないと判断したのだろうか。

 開高と近藤による著作の他にも、現地を経験した日本人による回顧録は、当時それぞれ、毎日新聞と日本経済新聞の特派員だった古森義久や牧久によるものもある18, 19。だが、直接当事国ではなかった日本の記者たちはどこまでも部外者、傍観者だったという印象が深まり、日本人が残したベトナム戦争記録の色は褪せていった。米政府の政策、米軍の戦略や戦況、自国の若者が命を落としている状況に触れざる得えない立場である人たちと、日本人記者が抱く見方に差があることは当然だろう。結局は頓挫することになる日航機による邦人退避計画の他に、おそらく日本政府が決断を求められたり、自衛隊が直接関与したりする必要性が発生したわけではないのだから。

 しかし、日本人記者よるサイゴン陥落までの数年間、あるいは数カ月間の出来事に関する著書だけを読めば、それでベトナム戦争史がわずかながらでも理解できるというものではないことも明らかだ。ベトナム人女性を配偶者とした近藤の「妻と娘シリーズ」は個人的体験自体が主題の一面であり同列にはできないが、牧の著作は、当時の記事を掲載した部分を除いて、彼自身が述べているように「センチメンタル・ジャーニー」の何物でもなく、ベトナム戦争についての理解を深めるために大きく役立つものではないと感じる。参考にしたと思われるベトナム戦争終結当時は中佐だったブイ・ティン(Bùi Tín)による回想録20を和訳して出版された本にどう書いてあるのかは知らないが、「ハイチ政府」を「タヒチ政府」と誤記あるいは誤植したまま出版するなどは何ともお粗末に過ぎる。その一方、いわゆる解放区での取材に成功した古森の回顧録は、三年を過ごした南ベトナムへの愛着から湧き出る感情を自覚しながら、それを抑えながら、ベトナム情勢を確実に分析していて、非常な秀作だと思う。一冊に収めるために原稿の三分の一を削除せざるを得なかったというが、残念である。そもそも、日本語の出版物の一ページあたりの行数、つまり情報量が少なすぎると感じる。

15 Kaiko Takeshi(開高健). 『夜と陽炎 耳の物語2』, 1986

16 Kaiko Takeshi(開高健). 『ベトナム戦記』, 1965

17 Kaiko Takeshi(開高健).『サイゴンの十字架』, 1973

18 Komori Yoshihisa(古森義久). 『ベトナム報道1300日 ある社会の終焉』, 1978

19 Maki Hisashi(牧久). 『サイゴンの火焔樹 もうひとつのベトナム戦争』, 2009

20 Bui Tin. Following Ho Chi Minh: Memoirs of a North Vietnamese Colonel, 1995

 

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