1975年4月30日。
「ようすがおかしくなりはじめたのは午前八時ごろからだ。
人びとがどんどんサイゴン川の河岸に集まり始めた。最初は、大通りにそれと気づかないうちにどこからどもなく人の流れが生じた。ついでにこの流れに吸い出されるように、あちこちの路地から住民がゾロゾロと姿を現した。みんな、手に手に、いっぱいつまったスーツケースや合切袋をぶら下げ、河岸へ河岸へとやってくる。……
三十分後、通りの景観はもうすっかり変わった。辻々の屋台は姿を消し、車やモーターバイクの往来もほとんど途絶えた。河岸の遊歩道路はすでに何万人という人、人、人……。まだ、あとからあとからやってくる。街中が文字通り、サイゴン川の水際まで追いつめられ始めた感じだ。」(「サイゴンのいちばん長い日」)
「河岸の遊歩道路」。自分が歩いた場所だ。改修中で長い遊歩道路ではなかったけど、今ではのどかに遊覧船が停泊している。衝突事故を起こした海上自衛隊の艦船はかなり離れて落ち着いていた。著者の妻(「黄色いアオザイの美人」)の実家は、フォングーラオ(Pham Ngu Lao)通りにあって、そこは自分が宿泊していたゲストハウスからすぐ近くだ。
本書は南ベトナム消滅に至る瞬間を追っていく。政治史や外交史を冷たく記録する歴史書とはまったく異なり、その時、その場に生きた人間の物語だ。
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