平成二十六(二〇一四)年二月二十五日と二十六日の二日間、シリアル製品でずっと昔から有名な米系シリアルメーカーのアジア太平洋本部の会議で通訳。事前に資料を渡すという約束だったが、わずかな量の資料しか提供されなかった。初日の朝、会場になっているノビナのオエイジアホテル(Oasia Hotel)に向かい、名刺を交換すると、自分が通訳することになるのは、この米系企業内の人たちではなく、日本のM製菓の人たちだった。そんなことも知らされていなかった。会議が始まってすぐにわかったことだが、米系企業のポテトチップスを日本ではM製菓が販売しており、今後のマーケティング方針について話し合う会議だった。プレゼンテーションの内容についても、もちろん事前情報はなかったが、それに加え、出席していたこの米系企業の責任者は日本人だった。
途中から、この責任者とM製菓の出席者との話はすべて日本語になり、通訳としての仕事が成立しなくなった。会議に出席している双方間の日本人同士による日本語での会話は、英語と日本語の間で通訳するという前提が崩れてしまう。日本語が理解できない他の出席者に通訳する義務はないだろうし、責任者が日本語で聞いた内容を自ら通訳してスタッフに伝えるという手立てをしてもらわないと困るのである。この日本人の責任者、普段は何語で仕事をしているのだろうか。通訳が本当に必要なのであれば、日本人同士であろうと英語で話を進めるのが筋だろう。通訳としては、限りなく居心地が悪い状況だった。
二日目の朝、まだタクシーでオエイジアホテルに向かっている時、依頼者から電話あり。この米系シリアルメーカーの会議に出席していた責任者とは別人の日本人担当者から「しっかり通訳していない」と厳しい不満の連絡があったということだった。会話の途中でホテルに到着してしまったので、「終わってから報告します」と言って電話を切った。
到着して席につくと、すぐにこの担当者のオバさんが目の前に現れ、
「あなたが通訳ですか!すべて訳してもらえる『クオリティー』を求めているんです!うちのスタッフはみんな日本語がわかるんです!」
ドカンと気分が落ち込んだ。約束された資料もほとんどもらっていなくて約束違反であり、なぜM製菓の人がいるのかも説明してもらっていないし、「うちのスタッフはみんな日本語がわかるんです!」なら、そもそも通訳不要ではないか。この人、通訳という仕事をまったく理解していない。お客さんだからと思う気持ちが強くて、どうもこういう時にはっきりと言い返せないのが恥ずかしい。めずらしい事ではないが、通訳は魔法使いだと勘違いする人が実際には多かったりするのである。
二日目は、おそらく通訳不要と思われる内容も含め、遠慮することも、躊躇うこともなく「すべて」訳してやった。自尊心からというよりは、この世界的に著名なシリアル企業に意地でも反抗したかったからだった。それから、この二日間、何時までと、通訳業務の時間が決められていたが、シリアル企業の人はそれを知らされていなかったのか、無視していたのかわからないが、時間をこれっぽっちも気にする様子がなく、「通訳さん、きょうは何時までですか」と気にしてくれたのは、客先ではない「ポテチ売るのも大変なんです」と言っていたM製菓の人たちだった。
この米系メーカーの製品は、シリアルであろうとポテチであろうと、一生、金輪際買わないことにした。
また、同じ年のはずだが、大阪にある建設会社の社長と部下が出張で訪問され、通訳を務めた。当日朝の待ち合わせ場所はラッフルズホテル(Raffles Hotel)のロビー。誰もが知る超有名なホテルだから、タクシー運転手が迷うはずはない。そんな理由でこのホテルを待ち合わせ場所にしたのだろうとばっかり思っていたら、お二人は本当にここに宿泊しておられた。出張宿泊費を削ろうとする会社の人たちには多く出会ったが、こんな羽振りがいいと言うか、世間知らずで印象の悪い会社もめずらしい。
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