Friday, July 02, 2021

日本人の言語感覚と英語教育

日本人は英語が大好き。英語について日本語で話すのが大好き。

 英語でなくて他の何語であろうと、日本語に変換してしか理解しようとしない、あるいはそうとしかできない日本人の言語に関する意識は、今も昔と変わらず悲惨な状態のようだ。

 開高健が残した数あるエッセイのうちの一つに『飲みたくなる映画』(昭和三十一(一九五六)年)があるが、ここで彼はあるフランス映画を紹介し、その「原題」を「英雄は疲れる」だと記している。これは原題ではなく、原題の日本語訳とするのが正確なのである。調べたところ、どうやら映画の題名は「Les Heros Sont Fatigues」で、これを原題と呼ぶのである。半世紀以上経った今日においても、事情はあんまり変わっていないようで、和訳やカタカナ表記と原語を混同する誤解があちらこちらに見られる。

 また、調理例などの写真に「写真はイメージです」との一文が添えられていたりするが、「鉛筆は筆記具です」と言っているのに等しい。これを、

"The photo is an image."

と訳す者がいるとすれば、救いようがないバカ者としか呼びようがないが、そんなのがいるような気がする。翻訳者としての仕事を諦めることを勧告したい。

 またこれも近年、日本語にはカタカナの乱用が目立ち、みっともない。存在するはずの適切な日本語を探そうともせず、安易にカタカナを使う。英語に、フランス語に、イタリア語に……。日本語で文章を作ろうとする者としては甚だしい怠慢だと思う。また、流行りの音楽の歌詞についても同様で、カタカナや外国語が目立ったりする。日本語での作詞能力が欠如しているのではないだろうか。仕事で、カタカナ連発の文章を何度も訳したことがあるが、例えば、日本語の原文に「ラグジュリアス」とあれば、英語の訳文で「luxurious」とは絶対に書きたくない気持ちが沸き起こる。薄っぺらな非日本語の知識を持つ人に限ってカタカナを使いたがる傾向があるように思えて仕方がない。ところで、日本語以外の言語を外国語と呼ぶが、本当に「外国」語と表現していいのだろうかとも思う。複数の言語に十分な理解力を持つ人、複数言語で生活している人にとっては、どっちが、あるいはどれが外国語なのだろうか。日本人は日本語で生活して当たり前、「一国一言語」だという考えが根底にあるのだろう。

 最近はカタカナを使った略語も目に余る。「カラコン」「スマホ」「アイホ」「インフル」に「ボラ」。「ボラ」は魚のボラかと思ったらボランティアの略らしい。どれも新聞の見出しに使われていたりするが、日本の事情に少々疎くなっていることもあって、いずれも記事本文を読まないと意味がわからなかったのである。「インフル」ではなく「流行性感冒」と、あるいは字数を減らしたければ「流感」となぜ書かないのかと思わせられる。どうせカタカナにするなら「フル」とせよ。

 イギリス発音かアメリカ発音かという、情けなさとそこから湧き出てくる羞恥で、もう耳を塞いでしまいたくなるような古典的な話の他に、ら行の音がLかRかという、笑止千万の幼稚な話もまだ生き残っている。現代日本語のら行はLでもRでも、どちらでもない。だから日本語を母語にする者にとっては、LとRの区別が難しかったりするのである。「らりるれろ」と発音してみて、強いて言えば、ら行の音は「上歯裏打音」のLと「巻舌音」のRとの中間と言えるだろうか。

 しかし、江戸時代末期の安政六(一八五九)年に来日したらしい宣教師で医師でもあったヘプバーン(James Curtis Hepburn)は日本語のら行をすべてRとしてローマ字化した「へボン式」を考案した。当時の日本人には、「Hepburn」が「へボン」と聞こえたのだろう。ら行をRとして表記することになったのは、ヘップバーンがそう決めてしまったからに他ならない。ただ、彼にはRと聞こえたのかもしれない。また、そうだったとしても不思議ではない。なぜなら、彼は一般庶民が話す日本語だけではなく、歌舞伎、浄瑠璃、義太夫、文楽のセリフを聞いていたのではないかと思うからである。これらの伝統芸能では、ら行は現代の「らりるれろ」より、スペイン語やロシア語やイタリア語などに聞かれる巻舌音に近い、舌先をいったん喉の方へ後退させてから発する音、すなわち英語のRに近い音であることが、特に「り」の場合に多いことがわかるし、アメリカ人のヘプバーンもそんな日本語を聞いたのではないのかと想像する。この発音については、大夫が使う床本にどんな指示が書き込まれているのか、あるいはどんな稽古をするのかを知りたいと思う。

 ヘプバーンは明治六(一八七三)年にニューヨークのブロードウェイにあった「A.D.F. Randolph & Company」が発行し、横浜にあった「F.R. Wetmore &Co., Book Sellers and Stationers」が販売した労作に違いない『Japanese-English and English-Japanese Dictionary』の「Orthography(正字法)」において、

"r in ra, re, ro, ru, has the sound of the English r; but in ri it is pronounced more like d; but this is not invariable, as many natives give it the common r sound."

と注記している。り音を「d」と発音する場合があったというのはどういうことなのだろうか。また、は行をHではなく、現代日本語には存在しないFと表記することにしたのはどういうことか。ヘプバーンは、

"f has a close resemblance to the sound of the English f, but differs from it, in that the lower lip does not touch the upper teeth; the sound is made by blowing fu softly through the lips nearly closed, resembling the sound of wh in who; fu is an aspirate, and might, for the sake of uniformity, be written hu."

と説明している。正確な発音観察である。その他、この正字法で興味深いのは、

"g in the Yedo dialect, has the soft sound of ng, but Kiyoto, Nagasaki, and the Southern provinces it has the hard sound of g in go, gain," "se in Kiyoto, Nagasaki, and the Southern provinces, is pronounced she, and ze like je."

という記述で、「ng」は今でも放送局のアナウンサーなどが使う鼻濁音のことだろう。「se」を「she」と発音。これはわからない。そして「ze」が「je」ということは「ぜんぶ」を「じぇんぶ」と発音していたということか。そうだとすると、中国語の発音とずいぶん似ているではないか。今日の日本語でも、東京(Yedo)で発音される「she」は関西(Kiyoto)では「hi」となり、「敷く」を「ひく」、「質屋」を「ひちや」と発音することが確かにあり、反対に東京で「hi」を「she」と発音したりする。思い出すのは「プロ野球ニュース」で耳にした、東映フライヤーズの投手で、現役引退後は日拓ホーム・フライヤーズ、ヤクルト・スワローズ、そして日本ハム・ファイターズで監督を務めた土橋正幸の「ひ」が「し」になる発音である。

 開高健が自伝的小説『青い月曜日』『破れた繭』やエッセイ『私の青春前期』に登場させている「元スミトモ・マン」が本当なのか、「(アメリカ)滞在十五年、マイアミ大学卒業、元三井物産サンフランシスコ支店長」が本当なのかわからない人の「アイライラレラ」や「神戸の海岸通りにある店」で開高が聞いた「スカチンワラー」はもう軽蔑の対象だが、中学校や高校の英語教師の罪もかなり深い。単語の発音練習で、

「はい、ディフィカルト」

「でぃふぃかると!」

そしてまた、「はい、ディフィカルト」と繰り返す。何なの、その「はい」は?

 英語の発音については、例えば発音記号というものの存在を知らないかもしれないシンガポール人に尋ねるのがいいとして、外国語には日本語の発音体系は存在しない音があって、カタカナとは異なることを生徒に理解させてほしいが、そんなことをすると「どう違うんですか」と質問されても、音の差を実際には示せない自らの無能を晒すことになるし、どうやって理解させればいいのかもわからないだろう。

 日本国の文部科学省が平成二十九(二〇一七)年七月に出した小学校向けと中学校向けの学習指導要領(外国語編)の一部を読んでみた。中学校向けに、「小学校の外国語科では,『ゆっくりはっきりと』話されることが示されており,聞き取りやすく話されることが前提条件となるが,中学校では『はっきりと話されれば』としている。これは,明瞭な音声で話されることを示している。また,小学校の『ゆっくり』という条件がなくなり,音のつながりなどが聞き取れるようになるためにも,過度に遅くなく自然な速度に近い音声を聞き取ることを目指している」とあるが、外国語とは、ほとんどの場合は英語を意味しているのだろうが、小学校での「ゆっくりはっきりと」と「はっきりと話されれば」は、日本語に存在しない子音を聞き取ることは困難で、自らが発音できない教師としては取りも直さず日本語の発音体系から逸脱することなくカタカナ発音で話すことになってしまうのではないか。そうだとすると、初っ端から失敗である。小学校向けと中学校向けの両方に、英語発音について「現代の標準的な発音」という項目があった。そこでは、「英語は世界中で広く日常的なコミュニケーションの手段として使用され、その使われ方も様々であり、発音や用法などの多様性に富んだ言語である。その多様性に富んだ現代の英語の発音の中で、特定の地域やグループの人々の発音に偏ったり、口語的過ぎたりしない、いわゆる標準的な発音を指導するものとし、多様な人々とのコミュニケーションが可能となる発音を身に付けさせることを示している」と説明されている。小学校用には、それに続けて「その際、cat の母音やmathのthの子音など日本語の発音にはない母音や子音があること」に「十分留意する必要がある」とある。

 まず、「いわゆる標準的な発音」とはどんな発音なのか?単に「標準的」だけでなく、そのうえ「いわゆる」とまで書かれている。「特定の地域やグループの人々の発音」の「特定の地域やグループ」って、どの地域こと?どのグループのこと?グループって何?「口語的」って何?具体例がまったく挙げられていないのに、これを読んだ教師がどう教えていいのかわかるのだろうか。まぁ、具体例があっても、指導できるのだろうか。

 小学校で「th」音についての説明を教師に求めていることに驚く。この発音を練習させろとは書いていないようだが、何年も英語に接している日本人でさえ、まったくお話にならない場合が極めて多いというのに、英語教師がこれを説明できるとは信じがたい。教師が自宅で、もしかしたら鏡の前で練習している姿が想像できる。また、掲載されている例文には、定冠詞と不定冠詞や「that」節の説明が必要なものがあって、これにも驚く。こっちは「a」で、こっちは「the」になってますけど、どうしてですか、に教師は何と答えるだろうか。そして、「『that節』や関係代名詞を見つけたら、その後から先に読みましょう」などと決して、決して言わないように!

 また、これも小中同一の説明文だが、「英語を話すときには,一語一語を切り離して発音せず,複数の語を連続して発音することが多い。このように語と語を連結させることによって英語を滑らかにかつリズミカルに話すことができる」らしい。これには、中学校向けに、

・2語が連結する場合

There is an apple on the table.

Take it easy.

・2語が連結するとき,一部の音が脱落する場合

What time is it now?

I donʼt know.

・2語が連結するとき,二つの音が影響しあう場合

Would you tell me the way to the library?

Why donʼt you join us?

が具体例として挙げられている。斜字部分を連結させろということ。「あぁ、ここは連結させて……」なんて考えながら話している人がいるわけがない。「はい、ここはね、連結させましょう」と教えるのだろうか。また、連結させないといけないのか?意図をはっきりと伝えるために、あるいは例えば感情を伝えるために、わざと一言ずつ切り離して話そうとすることだってあるではないか。これって……、つまり「アイライラレラ」と同じこと?こういうことは一語ずつをしっかりと発音できるようになってから、自然に身につくものではないのだろうか。わざわざ指導することかね?

 さらに、「英語の語や句,文にはそれぞれ強く発音される部分とそうでない部分がある。強く発音される部分は大きく長めに,そうでない部分は弱くすばやく発音されることから,強勢がほぼ等間隔に置かれることになり,英語特有のリズムが生まれる。英語は日本語と違って強弱によってアクセントを付ける場合が多く,日本語とは異なるこのような英語のリズムを習得することが重要である」らしいのである。日本語だって「強く発音される部分は大きく長めに,そうでない部分は弱くすばやく発音され」たりすることがあるように思うけど。「英語特有のリズム」って何?音符にでもして示してほしい。「ネイティブ・スピーカー」という記述もある。どんな人のこと?シンガポール人はネイティブ・スピーカーか?スコットランド人はどうか?「ネイティブ・アメリカン」のことか?そして、ESLとかEFLとも呼ばれたりもするが、TESOL資格を持つ日本人はどういう立場として扱われるのだろうか。あんまりアホらしいんで、この辺りで読むのを止めた。

 文部科学省が英語教師について生徒への指導を期待している「現代の標準的な発音」とやらを音声で聞いてみたいし、教師の意識や能力も四十年以上前とは異なって向上していると信じたいが――、かなり絶望。

 しかし、こんな指導要領に沿って授業を行おうとする英語教師の能力なんて、あてにしてはいかん。日本語が介在しないホンモノを見せて聞かせるより他に、遠回りのようで、実はこれほどの近道はない。見て聞かせて、その内容を説明させる。語彙が増えて慣れてくれば、英語で説明させる。しばらく経てば、英語で得た内容を日本語で説明することの方が困難になってくるはず。

 ずいぶんと昔を思い出せば、アメリカのレーガン大統領が昭和六十一(一九八一)年三月に狙撃され、退院してきた後に連邦議会で行った演説を録音したカセットテープを京都丸善で買って何度も聞いたことがある。TIMEを読もうとしていた頃かと思う。「タモリの四カ国語麻雀」を聞いているようで、何にも理解できなかったことがあったなあ。

 さてさて、噺家の桂吉朝は平成十三(二〇〇一)年十月に東京三宅坂の国立劇場で演じた「米揚げ笊」のマクラで、東西の発音の違いに「ゴジラ(Gozilla)」を例に挙げている。この噺を収録したDVDの解説に「大阪弁イントネーションは、彼の言うとおりで間違いない」と書かれている。確かに「イントネーション(強調音の場所)」については間違いないが、吉朝さんは「zi」を「ジ」と発音しており、これはまったく誤りである。解説の執筆者も理解できていない。

 しかし、『The Story of English』が示すように様々な英語があるのだから、「日本式英語」というものがあって、それが「一種の英語」として受け入れられる日が来るのかもしれない。ただし、このためには日本人の英語運用能力に対する劣等感と、それに付け込む悪質で無責任な商業利益の追求を撲滅させることが必要なのではないか。

Friday, June 25, 2021

結局のところ国際人なんていない?

 日本人の英語運用能力に対する劣等感は今も栄え続けているようだ。海外に在住する人たちによる自国人で構成される村の形成は日本人に限ったことではないが、海外における、よく言えば日本人同士が親睦を深める、悪く言えば日本語に限定される極めて排他的な「日本村」の形成は、それを表す一つの現象だろう。開高健の『夏の闇』には、「女」が爆発的な感情を以て日本人を批判する場面があるが、その批判は今日でもそのまま十分に当てはめられそうだ。この場面には作家の自己批判や自嘲が含まれているのではないかと思う。

 例えば複数の国籍や人種の人たちで食事をしたり、酒を飲んでいたりしている非日本語環境、つまりシンガポールでは英語環境に日本人がいると、日本人だけでコソコソと、もちろん日本語で、誰それの英語がうまいだとか下手だとかということに話題が移ってしまう、あるいは貝になってしまう状況に出くわしたことが何度かある。国際的と呼ぶにはほど遠い態度である。そんな状況がとても嫌で、仕事でない限り日本人がいる英語環境を避けるようになった。これも人との交通や交流にほとんど無縁の一因かと思う。国際都市国家と呼ばれたりもするシンガポールでさえ、この有様である。多言語、多人種、多文化が自然に受け入れられる環境を求めてきたが、そんな環境はまだまだ世界に存在しないのかもしれない。

 別の例を挙げると、翻訳仲介業をやっていた日本人女性。数件の仕事をいただいた後、守秘義務合意書(NDA)に署名してほしいと言われたので、快諾した。送られてきた合意書は日本語で書かれていた。お互いシンガポールで仕事をしているのに、どうして合意書が日本語で書かれているのか。シンガポール企業であるのだから、当然、当地の司法、そして立法と行政の言語である英語で書かれた合意書を作成するのが当たり前だろう。契約当事者が合意すれば「契約書が何語で書かれていようと問題はない」ということに間違いないだろうが、シンガポールに在していて、双方が日本語を解するというのは偶然でしかなく、うちに日本語を理解しない法務担当者がいたらどうするのだろうか。管轄裁判所が東京となっていることにも反対し、これはシンガポールの裁判所に変更してもらった。また、機密情報漏洩の可能性が皆無ではないからこそ、NDAへの署名を求めているのだろうが(NDAなるものがあるらしいと知って、単に形式上作成してみたのだろうか)、万が一にも違反があって裁判となった場合はこの日本語の合意書を証拠として提出するために英訳する必要がある。そんな場合、翻訳業にも関わらず、当事者であるため、第三者に翻訳してもらう必要が発生する。それは時間とカネのムダであるばかりか、愚かしいのである。彼女は、「合意書を英語にしてもいいが、その英文合意書はそちらで作成してください」と返答してきた。守秘義務を求めているのは彼女なのだから、それは理不尽だろうと思った。法意識の欠如した日本村の住人としか思えなかった。争い事の解決なら、「胴乱の幸助」こと割木屋のおやっさんの方がよっぽど手際がいい。結局、日本語の合意書に求めの通り署名した。その後、彼女から仕事を依頼されることはなくなった。

それから、平成十二(二〇〇〇)年一月に台湾に出張した時に、到着した台北の空港ではっきりとわかる程の緊張と不安が滲み出ている日本人のおじいちゃんがすぐ近くにいたので、たまらずに「だいじょうぶですか」と尋ねた。おじいちゃんは「周りがガイジンばっかりで、言葉もわからん」と言う。外国に来たんだから自らがガイジンだということが認識できないようだった。

 また実際に、シンガポールで日本人が運営する企業同士に揉め事があり、先方に「うちはシンガポール企業なので英語での書面で通知してください」と言われ、どう英語で対処すればいいのかわからないという事案を経験したことがある。日本人同士の係争であれば、外国においてでさえオトモダチ間のように日本語で解決できると考える程度の思考なら、もう海外在住者として失格なのではないか。

 少々脱線する内容かもしれないが、平成二十七(二〇一五)年十月にバングラデシュの首都ダッカにあるレストランでテロ襲撃事件が起きた。この事件で犠牲となった日本人の一人が「日本人だ。撃たないでくれ」と訴えたと報道された。「撃つなら日本人の自分以外にしてくれ」「日本人以外なら撃たれてもいい」とも解釈でき、暗澹な気持ちにさせられた。

 日本について言えば、そこで働き、そして暮らす外国人の数が増えたとは言え、日本語能力が乏しい人を日本の社会はまだまだ受け入れない。異質な存在には村八分で応える村体質の印象が拭い切れないのである。一方、日本語を学ぼうとせず、例えば英語ですべてを済ませようとして、「日本では英語が通じない」と文句を言う外国人にも問題がある。日本語が難しいって?知らんがナ、そんなこと。さらに、そんな文句を聞いて英語で書いた掲示板をあちこちに設置し、せっせと英会話学校とやらに通う日本人もまた情けない。どうせなら、地球上にある全言語で掲示したらどうか。そうすれば、もう文句はもう出ない。「おもてなし」を自慢しても、それは観光客相手のことであって、社会全般がそんな態度であるわけがないし、また日本社会で暮らす外国人をもてなす必要などはない。

 とは言っても、心の問題として「多」や「他」を受容する能力が社会全体としてまだまだ欠如している。英語学習にやたらと熱心なご様子ではあるが、無知や無理解を原因として社会が未成熟なのである。どんな人に国際人と呼ばれる資格があるのか、国際人をどう定義するのか、また日本の国柄をどう説明するのがよいのかについて、答えを持ってはいないが、国際化を叫ぶ一方で、日本や日本人の固有性や特殊性を説く人たちがどこかに必ずいる。人種や血統の強調を聞いたりすると、何か背筋に寒いものを感じるのだ。日本の何がそれほど特殊なのか。言語はその国の文化や社会生活の基本的な要素だろうが、「日本語は世界に類のない言語」と平気な顔で言う日本人もいる。中国由来の漢字を使う日本語のどこが特殊なのか。ひらがなが確立されるまでは万葉仮名を使っていたではないか。カタカナを多用、乱用せずにはおれない現代日本語のどこがそんなに特殊なのか。中国文明に深く影響された朝鮮半島、日本、そしてベトナムには言語的に共通点が見いだされる。日本語とベトナム語はお互いに遠く、ベトナム語の文字と発音にはどうにも歯が立たないようだが、「văn hóa(文化)」「độc lập(独立)」「lao động(労働)」「trà(茶)」「bác sĩ(博士)」など、実際の発音を聞いてみたりすると、そう遠くでもないと思えたりもする。

 特殊性ではなく、共通性を強調しないと「多」や「他」を受容する共生はできない。日本人は自らの特殊性を信じ込んで日本人であることに意識的、無意識的に満足しており、今も国は圧倒的に「日本」なのである。「日本」を維持したければ、都合のいい時だけうるさくなる国際化への叫びを止め、単に体裁のいい安価な労働力の搾取だったりする技能実習制度などはきっぱりと廃止したらどうか。看護と介護の分野はもっとひどいかもしれない。フィリピンとインドネシアから人材の受け入れ制度があるが、人の生命に関わる仕事に日本語がおぼつかない人たちを採用するというのは愚策だろう。日本語能力試験の合格率が低いから試験の難易度を下げるなどという方針は愚の愚のように思えてならない。日本語が難しいって?知らんがナ、そんなこと。日本社会にける外国人に対する日本人の心の持ち方を変えていかないと、関連する人口減少と移民受け入れという問題も出口は見えてこないのではないか。結果に対する覚悟があるなら、もちろん何も変えないという選択肢もある。

 人種間の交わりを妨げているもう一つの原因は排他的な宗教観ではないか。しかし、これは宗教については極めて柔軟で無節操な日本人だから言えることかもしれないし、宗教とはそもそも排他的なのかもしれない。カラマズーで会ったイスラム教徒のアラブ人学生なら、やはり、

"I don't believe someone who has nothing to believe in."

と言うだろうか?また、元同僚でカトリック教徒だったトニー・リーなら、

「それは日本人的な考え方だネ」

と言うだろうか?トニーの場合は、勝手に想像するカトリック教徒に期待されているような敬虔さは感じられなかったが。

 人種や宗教を超えた交流ということでは、シンガポールでさえ難しい。牛肉を食べない人たち、豚肉を食べない人たち、決められた儀式に則って屠殺された肉しか食べない人たちと、一同に集まることは簡単ではない。どうすれば、みんなが集まれるのだろうか……。インド出身のAは日本での生活を経験した人だが、食に関しては極めて保守的だった。牛肉はもちろんだが、スシや刺身も全然ダメだった。「日本のモノ、食べるヨ。オヤコドンとか……」などと言っていたが、「久し振りに会ったから、親子丼でも食べに行こう!」とは、罪のない親子丼には申し訳ないが、なかなか言えないのである。

 宗教上の食物禁忌について、心理学者のスティーブン・ピンカー(Steven Pinker)がユダヤ教指導者の教えを「頭のいい十二歳なら誰でも論破できるもの」と述べたうえで、彼自身の「cynical view」だと断りながらも、禁忌はやはり排他を目的としているという視点で以下のように説明している。

 "… People everywhere form alliances by eating together, from potlatches and feasts to business lunches and dates. If I can't eat with you, I can't become friend. Food taboos often prohibit a favorite food of a neighboring tribe; that is true, for example, of many of the Jewish dietary laws. That suggests that they are weapons to keep potential defectors in. First, they make the merest preclude to cooperation with outsiders – breaking bread together – an unmistakable act of defiance. Even better, they exploit the psychology of disgust. Taboo foods are absent during the sensitive period of learning food preferences, and that is enough to make children grow up to find them disgusting. That deters them from becoming intimate with the enemy ('He invited me over, but what will I do if they were… EEEEUUUUW!!'). Indeed, the tactic is self-perpetuating because children grow up into parents who don't feed the disgusting things to their children...*"

  そしてまた、シンガポールで、さらにマレーシアで、紋切り型と呼ぶべきか、本能的と呼ぶべきか、はたまた経験的と呼ぶべきか、そんな人種間の差別感が潜在していることを目撃することがある。特に華人のマレー人に対するもので、華人から「でも、その人、マレー人なんだよ」とマレー人であることが非難されるべき事であるような言動を聞いたこともある。華人のEが実家のメイドを「ブラックガール」と呼んだことも思い出される。シンガポールも含め、この地はマハティール(Mahathir Mohamad)が回想録『A Doctor in the House』で強調しているが、「Tanah Melayu(マレー人の祖国)」であり、華人やインド(タミル)人は、ラッフルズ卿(Sir Stamford Raffles)によるシンガポール上陸以来、漁村が点在していただろうマレー人が住む島を港町とするために必要な労働力として、主に中国大陸南部、インド南部、さらに現在のバングラデシュやスリランカから後に移民してきた人たちである。シンガポールでは、後からやって来た華人がその商才のために経済的に発展し、マレー人を文化的、宗教的、また経済的な理由で蔑むような態度が生まれたのではないかと推察する。マレー人が他人種と競争できていないというマハティールが「マレー・ジレンマ」と呼ぶ問題とも関連する。自給自足の漁村意識が今にしてもマレー人から消えないということかもしれない。現代の企業文化や競争社会から逃れたいと思い、あるいはそんなことには魅力も関心も感じることなく、信仰と家族を大切にして自給自足の生活を求めようとする人たちも世界には実際に多く存在するのである。世代が代わって以前ほどの対立は目立たないにしろ、シンガポールとマレーシアは仲の悪い兄弟という雰囲気が残る。マレーシア華人で「うちにはシンガポールにはない自由がある」と言っていた人もあった。外側から覗き見れば、シンガポールには治安維持法が、マレーシアにはマレー人優先の政策が残っていて、どっちがより「自由」かという議論は不毛のようだが。インドネシア人は言うに及ばず、フィリピン人も人種的にはマレー人である。表面的な観察だろうが、「会社の仕事?何それ」といったような気質を共有しているように感じる。

 これまでのガイジンとしての経験から、人を人種や国籍で判断する意識がどんどん薄くなっていったが、残念ながら、海外においては、自らの人種や国籍をおそらく不要にまで強くに意識する人たちもいれば、この日本人を、個人として、人間としてではなく、まずは「日本国籍を持つ者」あるいは「(人種としての)日本人」として見る人たちが多数だと思う。また、社命を受けて赴任している人なら会社を代表している気持ちにもなろうが、「日本を代表するつもりで」などという、そんな気はこの日本人にまったく起こらない。

  ただ、一人だけ少々態度の違う人に出会ったことがある。日本のある新聞社による取材に通訳として同行した際に会った当地大学の先生だった。記事にする都合上、「何国人なのか」を知る必要があってその先生に訊くと、「世界市民だと思っている。持っている旅券はスイスが発行した」という答えだった。国籍はスイスということだが、彼は「世界市民だ」と言って、スイスで生まれたスイス人だとは決して言わなかったし、出身国を言いたくないような印象さえ受けた。ついでにその時の取材の状況を書くと、彼は二時間半ほど、記者からの質問を聞く時以外は休むことなく話し続けた。そしてずっと追いかけた。取材が終わって、彼は「自分を追って話し続けている男がいるが、途中で大丈夫かなと思ったんだけど……」と言っていた。そう思ったなら休んでくれよ。こっちは記者の質問も訳さないといけないんだから。

 

* How the Mind Works, 1997