Tuesday, January 31, 2006

Gomen Nasai...

最近1週間ほど、涼しい。昔の夏休みの気候を思い出させ、多少いい気分にさせる。夕涼みにちょうどいい気温と湿度。昨日の夜、CB を出たとき、香港から里帰りしているSM から電話をもらった。今日、会いたいと言う。たいへんうれしくて、そのつもりにしていたが、すっぽかしてしまった。

電話のあと、CC に行って3時までいた。うちまで歩いて帰ってきた。朝までまた眠れずつらかった。SM から10時半ごろ電話があったことに気づいていたが返答できず……。それから夕方まで眠った。

睡眠でいいことがあるとすれば、15時間以上も続けて眠ることがないこと。

Monday, January 30, 2006

"Elusive Peace"

PBS “Elusive Peace: Israel and the Arabs”3部作を続けてみた。(プロデューサーはドキュメンタリーで著名なNorma Persy。英ではBBC が放映したと思う。)シリアのアサド、PLO のアラファトはもういない。イスラエルのシャロンはもう復帰できないだろう。

Sunday, January 29, 2006

Great Hope in ECT

金曜日。2度目のECT。水曜日の1度目は、右手の甲から麻酔の針が抜ける前に意識がなくなったが、今回は針跡にバンドエイドが張られ、左手に心拍メーターがつけられるまで記憶がある。目が覚めたとき、どこにいるのか一瞬わからなかった。筋肉痛はない。次回は2月1日(水)。

昔の仕事の夢を見たと思ったら、会社が「破産」したとの記事が昨日付で出ていた。

“Generalissimo” を終えて、“Arafat” (Barry Rubin/Judith Colp Rubin) を始めた。いつ終えて、始めたのか覚えていない。

Thursday, January 26, 2006

Started ECT

昨日、ECT の開始。特に首の後ろの筋肉が痛い。朝4時まで眠れなかったが、今日は午前10時に目覚める。街の「匂い」が違うような気がした。

Tuesday, January 24, 2006

So, What Does It Mean??

もう1枚の写真には、「第1回ビルマ第33軍経理部会会場」(昭和47年5月5日)とある。場所は、岐阜県長良川の「せいらん会館」。「経理部会」って……

Who is Honda Masaki??

1冊だけ残した父のアルバムに勲章で飾った軍服を着た「第33軍軍司令官 故陸軍中将本多政材」という写真がある。ちょうど“Generalissimo” で読んでいるアメリカのインドとビルマを経由した「援将ルート」を絶つためのビルマ方面軍による「断作戦」を指揮した人のようだ。

拉孟守備隊(1944年6月2日) 玉砕 (2,170名)-第56師団金光小佐(98日間)
騰越守備隊(1944年9月14日) 玉砕(2,025名)-第18師団蔵重大佐(79日間)
中国(国民党)軍:雲南遠征軍
(49,600):衛立煌(Wei Lihuang)総司令長官(大将)-米国軍事顧問団飛虎隊(Flying Tigers):陳納徳(Chennault, Clair????)司令官

父はビルマで何をしていたのだろう。語りたかったのではないだろうか。

Not Convicted Yet

寵児ともてはやされたホリエモン。逮捕されたら批判記事ばかりで、すでに犯罪者扱いだ。メディアって、どうしてこう簡単に手のひらを返せるんだろう。

Monday, January 23, 2006

One Disapperance Case

見た夢で思い出せることを書いておく。オーストラリアに行ってしまったはずの同年同期のKNK さんといっしょで、自分は車椅子に乗っていた。会社の掃除当番か何かで遅刻しないように急いでいた。同じ方向に行こうとすると、「FZ さんはあっち」と別のビルを指さされ、また急いだ。ビルのエレベーターがなかなか来なくてイライラした。目的の階に着いてもどこに会社があるのかわからず、車椅子でうろうろ。最初に見つけたのは評判のよろしくない「営業部門」で、またうろうろする。教務課をやっと見つけて、「KRTN 主任」に「今日からまたお世話になることになったんですが、仕事の説明を受けていません」と訴える。そのすぐあとに「何とかせぃ言うてるやろ」となった。

昔のスタッフはほとんど残っておらず居場所がない。社内報を見つけて読んでみると、「ハリー失踪事件」の真相が書かれてあった。もう一度読み直そうとすると、その記事の部分が切り抜かれていた。誰が切ったのか不思議だったが、それは当時を知る同期のHSMHST だった。

電車の場面。プラットホームに電車が入ってきた。乗客がドア位置に集まる。それほど多くの人はいない。駅のアナウンスが「この電車は(スポンサーの)出資がある場合のみ運行します」と言っていた。出資があったようで、乗り込むと無事発車した。

同期のNSKW さんが開いた焼き鳥のフランチャイズ店にもいた。誰といたのか思い出せない

"Horiemon" under Arrest

土曜日の夜、また眠れなかった。「眠ろうと努力する」ことをやめて自然にまかそうとしたのが、よかったのか悪かったのか、眠ったのは日曜日の午前10時だった。一旦眠るとひたすら眠り続ける。起きたら月曜日の午前3時半。2時間ほど起きていたが、また眠った。たくさん夢を見た。全部思い出せない。電車の中。昔の職場の場面では、以前も登場したサディスティックな元上司に「何とかせぃ言うてるやろ」と3回叫び、3度目は声を出して叫んだので、さすがにその時は目が覚めた。正午のカウンセリングにギリギリ間に合う時間に起きた。

最後の切り札とも言える、ECT を水曜日に受けることになった。多少、緊張している。

ホリエモン、逮捕。

Sunday, January 22, 2006

Give Me Sound Sleep Pleeeeeease

火曜日。VPoint の「どうってことはない」日本食屋でQ と夕食。多分(よく覚えていない)、TBP のバス停で別れる。

水曜日の夕方。VPoint SB で2時間ほど読書。Q が来て、PRGN の回転すし屋まで歩く。食事のあと、買わなくてもいい割引ポロシャツをM&S で買ってしまう。HMV に寄ったが何も買わず、バス停に向かっていると、後ろからS が現れる。3人でCC に行ったが、1時間もせず帰る。

木曜日。Q がうまそうな鍋の店を発見したというので行ってみようとしたが、その店が見つからない。仕方なく焼き鳥屋に落ち着く。帰り道に見つけて残念がる。どうせ眠れないと思って、CC にひとりで行こうとすると、「今日は泊まるから」と言って止められる。やはり朝まで眠れなかった。夕方起きるとQ はもういなかった。

Q との関係をどう始末すべきなのか、悩む。

昨日(金曜日)の夜。2時半までCC にいて、1時間かけて歩いて帰った。すっきり眠れるだろうと思ったら、やっぱり朝まで眠れず。6時ごろになってビールを2缶飲んだが、それでも眠れない。すっかり明るくなってしまったので、そのまま起きようかと思ったが、薬も飲んだし、ビールも飲んだし、「眠れて当然」という考えにしばられ、意地になって眠ろうとした。眠ったのは昼前の11時ごろだった。午後4時に起きた。

Q と自分の立場が逆だったらどうなっていただろう。きっと、自分は「巣鴨行き」だろう。“One of the loyal fans of the audience… treated him like a war criminal…” (FZ)

酒量が増えてきた……。いかんことだが、何とかすっきり眠りたい……。

今日(土曜日)。初めて会ったJ と映画”SAYURI” を見た。「アメリカ製のゲイシャ映画なんてどうせしれたもの」と期待しなかったが、よかった。

“Generalissimo” は3分の2ほど終えた。南京陥落とそれ以降の戦闘についての記述は、やたらと日本軍の野蛮行為を強調している印象でしつこい。Iris Chang の著書などを挙げながら「南京虐殺」の死者数を相変わらずの30万人としたり、おなじみの「100人斬り競争」の記述もある。記述されているような野蛮行為は、国民党と共産党を含む中国軍閥間の争いにも発生していたと思うが間違いだろうか。日本の歴史家たちはなぜ反論していかないのだろう。とんでもない怠慢だ。

Letter from the Government. And "We Are Sorry Again"

http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=5407466

またか。謝るなら、最初から載せるな!

Wednesday, January 18, 2006

Lonely Mind Makes Me Do Funny Things

Stormy weekend… On Friday, Q came perhaps because she got a call from the company and was reminded of my existence, and She found an SMS from a lady with whom I was to have a movie date (please don’t check my phone) and accused me of infidelity before anything happened. I cancelled the appointment for a fake reason. Slept through Saturday.

On Sunday went out at around 10 pm. Met a beautiful transsexual guy at the Orchard Towers and came home with him. Q sensed something fishy on Monday because of a cosmetics stain on the bed sheet and a missing condom. I had an “interesting time” with him but it was impossible to make her understand it… She shouted at me and asked me to move out. I started packing my stuff into the suitcase...

She came again today (17th) and was nice to me... Had dinner together.

Saturday, January 14, 2006

What Did It Taste Like...?

The monster just ate Japan... (Cheepnis)

Ultra Q

Little hope in this relationship. It would require an Ultra Q to save it... So sad...

Friday, January 13, 2006

Depressing News from Old Friend

昨日、以下のメールがN夫人から届いた。

「久しぶり。元気ですか?お母さんが半泣きで電話してきたよ。
どうしてるか。連絡してあげてくださいよ。大至急よ。
すごい心配してるよ。旦那は中国に行ってます。ばいばい」

イイカゲンニシテホシイ。

Thursday, January 12, 2006

Suicide Chump

Just make sure you do it right the first time
'Cause nothin's worse than a Suicide Chump -- FZ

Wednesday, January 11, 2006

More Rain...

けさ、"The Unfinished Presidency" を読み終えた。

Carter desperately wanted to bring peace to El Salvador [in 1986], embarrassed that as president he had sold arms to the ruling government. (p. 204)

Carter's awareness around 1983 began to mature in an almost tragic sense," [Mary] King recalls. "He began to understand more fully the ramifications from Camp David." The Palestinians were the central subject of the "framework" in the accords, yet they were neither consulted nor asked for there concurrence. By constructing Camp David without Palestinian representation, although he had not intended, Carter had given occupation more enduring features... Cater wanted to find a way to remedy the situation. (p. 238)

Talk [in Paris in 1990] then turned to Carter's concern over the PLO National Charter... Arafat grew agitated as he pulled out two newly minted gold Israeli medallions and presented them to Carter. They featured a map of Israel that covered portions of Syria, Iraq as far as Baghdad, and a chunk of Saudi Arabia. He asked Carter to pass one on to President Bush, and then had an aide present Carter with another map that purported to show Zionist design for the Middle East. "We have to speak about their charter too," was Arafat's point (p. 326)

When the Iraqi invasion occurred, Mary King was "urgently" summoned by the PLO to fly to a private meeting with Arafat to discuss the brewing crisis. "We called Mary to Vienna in order to pass along a message," [Arafat's spokesman] Bassam Abu Sharif recalled. "We got an OK from Saddam Hussein accepting [UN resolutions] 242 and 338 which means recognizing Israel..." (p. 334)

As Arafat's pro-Iraqi stance had left him politically isolated in world opinion, the somewhat chastened leader tried to justify himself to Jimmy and Rosalynn, explaining why he had to support the Iraqi invasion of Kuwait: "... Either side of the Occupied Territories, [Palestinians] are with Saddam... Saddam is their only hope because he has linked oil for the first time with their cause. He has linked missiles to their cause. They feel stronger because of him. All the Arab nations feel stronger because of him including both nationalists and fundamentalists." (p. 335)

To the surprise of many, the U.S. coalition [against Saddam] included [Syrian President] Assad. [Secretary of State] Baker had flown to Syria -- branded a terrorist nation by the United States -- returned with Assad's support for Operation Desert Storm. The tradeoff Baker struck with Assad stipulated that for Syrian support of Desert Storm, the United States would allow Syria free rein in Lebanon. (p. 340)

... [B]oth Jimmy and Rosalynn Carter supported Tipper Gore's crusade to put warning labels on rock and roll albums that contained offensive lyrics. (p. 364)

On June 10 [in 1994],... Emperor Akihito of Japan... arrived in Atlanta to lunch with Carter and discussed how to deal with North Korea's defiance of nuclear inspections... The emperor, not allowed to officially speak for Japan, told Carter that his country believed that sanctions of any kind would cause Tokyo severe economic problems. Japan has a substantial Korean minority split between citizens from the North and South, and a crisis of this magnitude would trigger all kinds of economic havoc. (p. 399)

"Electric Don Quixote" を90ページまで読んだところで、次のページが59ページに戻っていることに気づいた。そこから同じページの繰り返しで、2度目の90ページの次は123ページだった……。

アイマスクと耳栓をして眠ろうとしたけど、外が明るくなっているのがわかったから、眠ったのは8時ごろだろう。起きたのは午後4時半ごろ。仕事に復帰した当日、OA機器販売会社の女性がプリンターのデモに来ていた夢だった。インク・カートリッジぐらいの大きさの透明部品をプリンターに組み込み、印刷開始とともにスターハブに電話するという仕組み。これまでの印刷より確実で早いと説明していた。

夕方、"Generassimo: Chiang Kai-Shek and the China He Lost" (Jonathan Fenby) を始めた。

Monday, January 09, 2006

Maybe It Was Wrong to Write THAT Letter...

「うつ病と診断されて」などという手紙をわざわざ正直に書いたことがそもそも間違いだったのだろうか。「しばらく送金できない」 と伝えることが目的だったんだけど。静かにさせてほしい。

Forgiving Guy

土曜日の夜、久しぶりに出かけた。"Paris, Texas" (DVD) とYMO の「増殖」(CD) を買った。CC に寄って、そのあと数軒。帰ったのは日曜日の朝5時15分だった。

その日曜日の夢。大阪の路線バスの通る道路。「さえない」街。自分を含め5~6人のグループで、男の子が1人、女の子が1人と、子供も2人いる。 バスに乗ったのかどうか覚えていないが、途中で男の子がいなくなり探す。電話ボックスの電話の上に座り込んでいるのを見つけ、抱き上げると喜んでくれる。誰かが喜んだり、笑ったりする夢は久しぶりだった。

住宅地のような場所を歩く。道が右に枝分かれしていて、大通りへ抜ける分れ道に進む。「この先に1階が倉庫と駐車場で、2階が専門学校になっている建物がある」と話すと、「よく知っていますね」。「昔、この辺りに父の事務所がありましたから」と答える。その事務所だった建物のドアには青いペンキが塗られ、昔とは様子が違っていた。大通りに出る手前から下水の臭いが漂い、水の流れていない
大通りの側溝を見て、「以前はもっと(環境が)悪かったはずですね」とみんなで話す。

(自分が撮ったものか、)子供の写真が何枚かあって、眺める。男の子は「7-Dragons」、女の子は「We-Dragons」と胸に書かれたユニフォーム(パジャマ?)姿だった。

けさ、クリニックから電話をもらった。もらってよかった。カウンセリングは明日だと勘違いしていたから。兄が送ってきたというファクスを見せてもらった。話が余計に複雑になっていくような気がする。Q については、Doc から"You are forgiving" だと言われた。自分といるということがイライラの原因になるのは理解できるし、そもそも彼女は自分の状態を知ったうえで行動しているのだから、どうしようもない。

さっき、
"Paris, Texas" を見た。Travis はどこへ行ってしまうんだろう。

Saturday, January 07, 2006

I Have Forgotten How to Sleep

木曜日、朝早く起きたにもかかわらず、その夜またよく眠れなかった。学校の「グループ課題」を朝3時までかかって終わらせている夢を見ていた。何の課題なのかさっぱりわからなかったが、もう時間切れだと思いながら、最後は自分ひとりで青焼き図面を眺めていた。「同じ個所の以前の図面を探せば、わかるかもしれない」と思い、前年の図面と比較しながら必死で答えを見つけようとしていた。

たしか金曜日の夕方5時半ごろに目が覚めたが、かなりフラフラしていたのでベッドに戻って本を読む。1時間ほどでまた眠ったような気がする。

もう一度目が覚めて10時半か11時半に薬を飲む。フラフラしないようにAtivan は半分に割って飲んだ。また本を読む。眠れそうな気がしたが、「半分だけ眠った」ような状態が続いた。背中で足音がしたので、Q かと思ったが、そんなわけがないことにすぐに気づいて驚いて「ウォ~~!」と叫び声を上げる。2時40分だった。

新幹線のような列車に乗っていた。どこかの会社が別の会社の株を30%以上取得して安定株主となり、「今後の持ち株売却が制限されます」と車内のニュース放送が伝えていた。なぜ制限されるのか説明が始まるところで電波が途絶え、不満だった。

NHKのニュース番組スタジオ。「スポーツの結果」では、ホルン奏者が協奏曲の演奏中に、場所によっては深さが胸まであって対岸までの距離も長い川を渡ることを決め、その先の山の中を歩いてゴールしたというニュースがあった。演奏者は、川を渡って対岸に行ったほうが早いと判断したようだ。何のレースだったのだろう。

とにかく、ゆっくり落ち着いて眠りたい。眠り方を忘れたみたいだ。

それから、木曜日の夜に"Tristan und Isolde" を最後まで見た。字幕があるのはありがたいが、役者(歌手)や舞台が目に焼きついていかん。
"Tristan und Isolde" (Heppner, Eaglen, Levin, the Metropolitan Opera) は「象」と「くじら」のようだったから余計にそうか。

Thursday, January 05, 2006

Windows Search Dog

ウインドウズの「検索犬」はどうして持っている本を後ろから前にめくるのだろう。

Is There Still Hope in This Relationship?

しばらく音沙汰のなかったQ が突然やって来て、家庭内のもめ事を息を切らせながら一気に吐き出した。自分がどんな気分で毎日過ごしているかなどお構いなしのようだ。うるさくて耳に響く。明日は友人とJB に行くそうだ。あぁ、そうですか。それはお楽しみですね。

兄から手紙が来ていた。仕事をやめることも選択のひとつと書かれていた。そんなことはわかっているが、やめて誰が生活を支えてくれると言うのか。

大声をあげて笑わなくとも、ニコリとできる出来事がほしい。

Early Bird

今日はまだ暗い午前6時20分に起きた。昨日1日、何もできず「起きたまま眠っていた」ので悔しかった。午前0時ごろに薬を3つまとめて飲んだら、今回は眠れたようだ。

Wednesday, January 04, 2006

Soup as a Meal... Just Like My Albany Days

Content with clam chowder as dinner/supper.

Tuesday, January 03, 2006

Rain Rain Rain

寝た時間:午前5時
起きた時間:午前8時、午前9時、午後3時半

おとといと今日はCB にいる間にすごい雨になって困った。おとといはその場にいることも帰ることもできず、DF に避難。昨日は照明をつけてくれなくて暗すぎて読めなくなって帰った。今日は短時間でよかったが、また暗すぎて戻ってきた。

Monday, January 02, 2006

Power on, Sir?

いつものセブン-イレブンで「Singha」ビールを2缶買った(S$4.60)。レジにいたインド系のおにいさんが"Power on, Sir?" だって。ビール2缶ぐらいじゃ、「オン」にならないんだな。

Depression as a Social Power Play? No Way!

The evolutionary psychologist Edward Hagen sees depression as a power play: it involves the withdrawal of one's service to others until they accommodate one's needs. I disagree.

I DISAGREE TOO!!

Depression can be a useful blackmail, but it is generally too unpleasant for the blackmailer and too inconsistent in its results to be a well-selected way of achieving specific ends. Though it can be gratifying to get support when you are feeling dreadful, can indeed help to build a depth of love that would otherwise unimaginable, it is much better not to feel so dreadful and not to need so much support.... [T]he voguish idea that depression is a means to accomplish social goals makes little sense to me.

To accomplish social goals?? No sense at all!!

What a cynical view!!Though some respond to a display of depression with increased sympathy and altruism, more respond with revulsion and disgust. It is not unusual to discover in a depression that people you had believed were reliable are actually unreliable -- a valuable piece of information you might have preferred no to have. (p. 411)

I understand this very well.

It is known that antidepressants alter levels of neurotransmitters. It is possible that neurotransmitters control blood flow to various areas of the brain. Whatever the mechanisms, [Richard J.] Davidson [of the University of Wisconsin at Madison] explains, "activation asymmetrics" -- differences in left-side and right-side activity -- "in the prefrontal cortex are related to disposition, mood, and the symptoms of anxiety and depression. People with more right-side activation are more likely to have depression and anxiety." (p. 417)People with higher right-side activation tend to experience more negative emotion than people with higher right-side activation. The high right-brain activation is also correlated with greater right-side activation. (p. 418)

この本の最後(pp. 434-443)も強烈。"Noonday Demon: An Anatomy of Depression" は、うつ病を単なる医薬、医学、心療の問題だけとしてとらえず、傷ついた生身の人間の問題として扱いながら、それに関わる歴史や哲学まで語ってくれた。

昨日の夜から、"Electric Don Quixote: The Definitive Story of Frank Zappa" を始めた。やはり眠れず、明け方まで読んでいた。 読書で脳が活発化するのか……

エイズ患者に触れた個所で、「だまっていてもいいから、患者といっしょにいるが大事だ」ということが書かれていた。同じ気分だ。静かに話し合える人にいてもらいたいと思う。話す必要もない。だまっていてくれてもいい。だま~ってい~ても~いいんだよ~。

Sunday, January 01, 2006

... Isabel Got Herself Electrocuted...

Prejudice, rooted largely in insecurity, still exists. Driving some acquaintances recently, I passed a well-known hospital. "Oh, look," said one of them. "That's where Isabel got herself electrocuted." And he moved his left index finger around his ear in a sign for crazy. All my activist impulses rising towards the surface, I asked what exactly happened to Isabel and found, as I'd anticipated, that she had received ECT at the hospital in question. "She must have had a hard time," I said, attempting to defend the poor girl without being too earnest. "Think how shocking having shock must be." He burst out laughingly. "I nearly gave myself electroshock treatment the other day when I was trying to fix my wife's hair dryer," he said. I am a great believer of sense of humour and I was not really offended, but I did try -- and fail -- to imagine our going past a hospital at which Isabel might have had chemotherapy and making similar jokes. (p. 366)

ECT is almost certainly the treatment that is least specific to a particular neurotransmitter system, but it is believed by many clinicians to be the fastest and most effective of current treatments. (p. 397)

... but depression is an emotion that exists in all people, fluctuating in and out of control; depression the illness is an excess of something common, not the introduction of something exotic. It is different from one person to the next. What makes people depressed? You might as well ask what makes people content. (p. 398)

崔洋一の「血と骨」が上映中なので行ってみてもいいと思っている。

Tell Me How to Remove It, Please

30日。朝、5時になっても眠れないので、Ativan を飲む。浅い眠りのあと、9時に目が覚める。そのあと急に眠くなって夕方5時まで眠る。31日は午後11時にはEfexor、Epilim (Valparin) にAtivan を合わせて飲んだが、また眠れない。4時ごろ眠ったようだが、エアコンの側面が女性の顔に見えて、その人に「それ、どうやってはずすの?どうやってはずすの?」と意味不明なことを寝言できいていた。午前9時に一度目が覚めたが、また眠って、11時ごろすっきりせずに起きた。