毎日、「そうか」のみなさんのありがたいお題目が聞こえるのは気のせいか。幻聴かな。それとも選挙が近いのか。大阪と神奈川の選挙は終わったばっかりのはずやけど。
今日。何とかジムに行けた。1カ月ぶりかもしれない。しかし、かなりつらかったので、早々と引き揚げた。せやけど、また行く。
Monday, October 30, 2006
Yappari the Nankai Hawks + Dream with an Unhappy Ending
早めの夕食を済ませて、「うとうと」しているとヘンな夢。
セントーサ島へのケーブルカーが発着する様子がわずかに遠く見える地域。「ケッペルタワーやな」。ホンマかな。
集合住宅はなく、テラス風の一戸建てが並ぶ。中にはプール付きの家もある。そのうちの1軒を間借りしているようだが、そのうちには他に人がいない。近所を歩いてみると、狭い坂道が多いことに気付く。よく似た家が多いんで、自分が住んでるのを「自動的に」見つけられな
い。駐車場か公園か不明なスペースもある。子供が遊んでいたり、近所に生活は存在するが、自分が誰かと話すことはない。引っ越してきたばっかりなんかな。


「あぶさん」のコミックが急に出現して、あのカッコいい“Hawks” を久しぶりに描いてみる。“H” の形を再現するのがいつものように難しい。“w” から“ks” と続く部分も見事なデザインだと感心。数年前から、姿を消した球団の帽子やユニフォーム・デザインを再現したTシャツを作ってる人がおるけど、あの“Hawks” は
“H” の1画目の「とんがり方が十分やない」し、「ちょっと甘いな」と批評する。(実際にユニフォームに使用されていたデザインは、ファンブックやなんかで使われていた印刷ともちょっと違う。“s” の「しまい方」を見れば一目瞭然。ただ、この“Hawks” デザインをはっきり写した資料がネット上にはほとんどない。いずれ、忠実に再現してTシャツを作りたい。)
日暮れ時。「ケッペルタワー」の方向で花火が上がる。「もうちょっと遅い時間にやったら、もっときれいとちゃうんかな」と疑問に思いながらも、EM ちゃんに“Fireworks” とSMS する。
夜。「家族」がやって来る。心で泣きながら「帰れ」と会うことに抵抗。皿まで投げつける。目が覚めて汗いっぱいの自分を発見した。
金曜日の夜。「こら、わしのうつ病の原因のひとつはおまえや。話しかける前に謝罪せんか。自分の主張ばっかり押し通そうとするな。おまえ、わしのこと、どんなけ知っとるんじゃ」
昨日の夜、今日の昼と「そうか」のみなさんの題目が迷惑だ。
「東京大空襲」の集団訴訟が始まるらしい。米国政府が被告かと思ったら、日本政府だった。
探したら昭和48年プレーオフと日本シリーズの写真を「ソフトバンク・ホークス」のサイトでいくつか発見した。以前はなかったはず。日本シリーズ第2戦には父親に連れて行ってもらう約束だった。当日、天候が悪くて中止だと思って、実現しなかった。下の写真にあるように、グラウンドを何とか整備して行われたのが第2戦だった。

「なんばパークス」の「南海ホークス」コーナーにはその名前さえまったく触れられていないノムラさんの写真がソフトバンク・ホークスのサイトにある不思議。
このブログ・サイト、エラーが多すぎる!まともにアップできない。日本語版やないとか言うのは言い訳にならん。何とかせい!
ついでに日拓ホーム・フライヤーズの7色のユ
ニフォーム(左から中原勇、渡辺秀武、大下剛、藤原眞、中原全敏、山崎武昭、三浦政基)。太平洋クラブ・ライオンズも4つあったからなぁ。奇抜なのがはやりで、自分としては「美しい」とさえ思うけど、あんまり評判ええことない。しかし、なんで日拓がカラー写真で南海がほとんど白黒やねん。のち、大下剛は広島、三浦政基は南海に移籍する。
セントーサ島へのケーブルカーが発着する様子がわずかに遠く見える地域。「ケッペルタワーやな」。ホンマかな。
集合住宅はなく、テラス風の一戸建てが並ぶ。中にはプール付きの家もある。そのうちの1軒を間借りしているようだが、そのうちには他に人がいない。近所を歩いてみると、狭い坂道が多いことに気付く。よく似た家が多いんで、自分が住んでるのを「自動的に」見つけられな
い。駐車場か公園か不明なスペースもある。子供が遊んでいたり、近所に生活は存在するが、自分が誰かと話すことはない。引っ越してきたばっかりなんかな。

「あぶさん」のコミックが急に出現して、あのカッコいい“Hawks” を久しぶりに描いてみる。“H” の形を再現するのがいつものように難しい。“w” から“ks” と続く部分も見事なデザインだと感心。数年前から、姿を消した球団の帽子やユニフォーム・デザインを再現したTシャツを作ってる人がおるけど、あの“Hawks” は
“H” の1画目の「とんがり方が十分やない」し、「ちょっと甘いな」と批評する。(実際にユニフォームに使用されていたデザインは、ファンブックやなんかで使われていた印刷ともちょっと違う。“s” の「しまい方」を見れば一目瞭然。ただ、この“Hawks” デザインをはっきり写した資料がネット上にはほとんどない。いずれ、忠実に再現してTシャツを作りたい。)日暮れ時。「ケッペルタワー」の方向で花火が上がる。「もうちょっと遅い時間にやったら、もっときれいとちゃうんかな」と疑問に思いながらも、EM ちゃんに“Fireworks” とSMS する。
夜。「家族」がやって来る。心で泣きながら「帰れ」と会うことに抵抗。皿まで投げつける。目が覚めて汗いっぱいの自分を発見した。
金曜日の夜。「こら、わしのうつ病の原因のひとつはおまえや。話しかける前に謝罪せんか。自分の主張ばっかり押し通そうとするな。おまえ、わしのこと、どんなけ知っとるんじゃ」
昨日の夜、今日の昼と「そうか」のみなさんの題目が迷惑だ。
「東京大空襲」の集団訴訟が始まるらしい。米国政府が被告かと思ったら、日本政府だった。
探したら昭和48年プレーオフと日本シリーズの写真を「ソフトバンク・ホークス」のサイトでいくつか発見した。以前はなかったはず。日本シリーズ第2戦には父親に連れて行ってもらう約束だった。当日、天候が悪くて中止だと思って、実現しなかった。下の写真にあるように、グラウンドを何とか整備して行われたのが第2戦だった。

「なんばパークス」の「南海ホークス」コーナーにはその名前さえまったく触れられていないノムラさんの写真がソフトバンク・ホークスのサイトにある不思議。
このブログ・サイト、エラーが多すぎる!まともにアップできない。日本語版やないとか言うのは言い訳にならん。何とかせい!
ついでに日拓ホーム・フライヤーズの7色のユ
ニフォーム(左から中原勇、渡辺秀武、大下剛、藤原眞、中原全敏、山崎武昭、三浦政基)。太平洋クラブ・ライオンズも4つあったからなぁ。奇抜なのがはやりで、自分としては「美しい」とさえ思うけど、あんまり評判ええことない。しかし、なんで日拓がカラー写真で南海がほとんど白黒やねん。のち、大下剛は広島、三浦政基は南海に移籍する。
Sunday, October 29, 2006
Kim Il Dies
26 日、金一(キム・イル、大木金太郎)が死去した。原爆頭突きのほかには、キーロックぐらいしか技のないレスラーだったけど、猪木とのNWF タイトル戦は感動ものだったし、キム・ドク(戸口正徳、タイガー戸口)と組んだ全日本での試合は憎らしかった。
「大木よ永遠に」ブッチャーが祈り捧げる(日刊スポーツ)
アブドーラ・ザ・ブッチャーが26日(日本時間27日)、米アトランタの自宅で、77歳で亡くなった大木金太郎さんをしのんだ。2人は75年12 月に頭突き合戦を繰り広げた好敵手。ブッチャーは何度も韓国を訪れ、療養生活を送る大木さんを励ましてきた。訃報(ふほう)を聞いたこの日、教会で祈りを ささげた。「彼のファイティングスピリットはすさまじかった。ベストフレンドだった。大木よ永遠なれ」と寂しそうに話した。(デーブ・レイブル通信員)
韓国まで行ってたなんて、ブッチャー、なかなかやるやないか。「教会で祈りをささげ」ている写真が欲しかったな。
「大木よ永遠に」ブッチャーが祈り捧げる(日刊スポーツ)
アブドーラ・ザ・ブッチャーが26日(日本時間27日)、米アトランタの自宅で、77歳で亡くなった大木金太郎さんをしのんだ。2人は75年12 月に頭突き合戦を繰り広げた好敵手。ブッチャーは何度も韓国を訪れ、療養生活を送る大木さんを励ましてきた。訃報(ふほう)を聞いたこの日、教会で祈りを ささげた。「彼のファイティングスピリットはすさまじかった。ベストフレンドだった。大木よ永遠なれ」と寂しそうに話した。(デーブ・レイブル通信員)
韓国まで行ってたなんて、ブッチャー、なかなかやるやないか。「教会で祈りをささげ」ている写真が欲しかったな。
Thursday, October 26, 2006
Wednesday, October 25, 2006
Hari Raya Puasa & Tawawa-chan
最近、食生活も貧しい。睡眠時間が多くて、食欲は減退。それでも、もちょっといいもの食べたい。台南の首相大飯店近くの牛肉麺と水餃。また、食べたい。
今日(火曜日、Hari Raya Puasa)、郷土で最も醜悪な建造物(京都タワー)に「たわわちゃん」というマスコットがいることを知った。どの新聞か失念したが、通天閣の「ビリケンさん」がたわわちゃんに会いに行ったそうだ。「タワー」だから「たわわ」。記事には写真も付いていたが、ビリケンに負けず劣らず情けないマスコットだった。
よく眠れなかったけど、朝7時半には起き上がった。上出来。
今日(火曜日、Hari Raya Puasa)、郷土で最も醜悪な建造物(京都タワー)に「たわわちゃん」というマスコットがいることを知った。どの新聞か失念したが、通天閣の「ビリケンさん」がたわわちゃんに会いに行ったそうだ。「タワー」だから「たわわ」。記事には写真も付いていたが、ビリケンに負けず劣らず情けないマスコットだった。
よく眠れなかったけど、朝7時半には起き上がった。上出来。
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