またイヤな夢だった。
ベッドからすべり落ちようとする冬用の重い掛け布団を元に戻した。頭からかぶって、軽く目を開けると自分の目に自分のまつげと目が鏡のように反射しているのが見えた。兄と思われる人物が部屋に入ってきて、トイレで見つけたらしい白いボールペンのようなものを示しながら、自分を責めていた。何があったのかわからない。後ろで母親も何事か不満をつぶやいていた。
不動産売買に関する会議。何人かの人が地図を見ながらどの物件が有望そうか話し合っていた。東洋風の平屋の建物が庭を取り囲んでいる物件を見つけて、そこをオフィスとして使っている人に手放してはどうかと話している。どうやら好況のようで、この商売に関係ない自分だけが取り残されている気分だった。
この会議が行なわれている同じ階にある別の部屋。自分はすでに中にいて、入口になっている鉄製の大きな引き戸2枚を開けてみると、片側の隅にゴキブリが数匹いた。引き戸を強く閉めてつぶして殺すと、反対側の隅にいたトカゲがエサにしようと近づいていった。確かにトカゲだったが、ゴキブリに近づくと、くちばしの大きな茶色の小鳥になっていた。
外に出ると、突然、男が現われた。「あなたの両親の離婚過程を掲載したい」と言う。無視して立ち去ろうとすると、その男は振り返った方向にもいる。どっちを見てもいる。かなり離れた場所に白壁の大きな商業ビルが見え、そっちに行こうとすると、「向こうには何にもないから、行っちゃあだめだ」と言う。かまわず進んでビルにたどり着くと、男はその入口にもいた。
学生の頃にアルバイトしていたビルにあった地下の部屋。休憩室として使っていた。ここは現業の人たちの休憩室でもあって、カーテンで仕切られた小さなスペースで小柄の中年男性が大柄でもっと歳の若いもうひとりから屈辱的ないじめにあっていた。(これは本当に目撃したことのように思う。)
鮮明な夢(通常は悪夢)でもベッドから起き上がった瞬間にその記憶がなくなることを知っているので、ベッドにとどまったまま目を閉じて何とか覚えておこうするのが習慣になってしまっている。それでもやはり、起き上がると記憶の大半が消えている。寝汗がひどい。
ここ1カ月ほどの物事の進み方に自分自身が追いついていない。気分がまったく落ち着かない。
昨年10月末、LDとLSと、それから日本から来ていた2人とタイ料理の店に行ったのがきっかけと呼べる。今年になって1月にまたLDとLSと、日本からの別の1人と食事に行った。
LDは自分にLSを紹介しようとしていたわけだが、彼女たちが働く店にそれほど行くことはそもそもないし、紹介してもらったからといって、その人に会うために行くのはなおさらバカバカしいと感じていたので、積極的には行動しなかった。
3月になり、LSの就労ビザが切れそうになった頃、心境が少し変わって個人としての自分を説明する長いメールを送った。返信が来た数日後だったか、2人で食事に行き、そこでシンガポールで学校に行きたいという彼女の希望を知った。1週間後、再び会う機会があり、その後ビザが切れてしまった彼女はバンコクに出発した。ここに戻ってきて、彼女は学校に通いだし、まぁ普通の交際が始まるのだと気楽に考えていたが、予想していなかったのは、就労ビザが切れた後に再入国するには、いったん本国に戻らなければならないということ。どうしてそのことを彼女自身が知らなかったのかとも思うが、いずれにせよ、彼女はバンコクから戻ってきた時にここの空港で止められ、その翌日に本国へと送還されてしまった。
この時点ですべてを終了させることも可能だったが、何かが始まりそうだという気持ちがあったので、メールでのやりとりを始めた。数週間後だったか、自国で学校に通いたいので援助してほしいという求めがあった。多額のことであり、確かにためらった。援助を受けるからには将来に対する覚悟があるのかと問い、肯定する返答があったので結局はその求めを受け入れ、5月半ばに送金した。その後、自分が移り住むために必要な住宅の情報を集めてもらい、今月初めに実物を数件見て早々に決めた。
追いつけていないというのは、こういう話の進展だが、こうなったことには、自分側の事情もある。まず、2年近く前に母親と会った時の衝撃から、ひとりでいてはいけないと強く思ったこと。自分の場所を持つべきだということ。それから、当地の住宅事情の悪化から、これまで黒字にできていた売上金額では赤字になってしまうこと。これは今年になってから業務量がこれまでの平均から3割減になっていることから深刻になりつつあり、いずれここを離れるのなら、その時期は今でもいい、いや早い方がいいのではないかとほぼ確信していることだ。