Sunday, March 18, 2007

Disappointment with Fellow Japanese

“The Infinite Variety of Music” も終えた。“Findings” とともに「交響曲は(20世紀に)死んでしまったのか」がテーマだが、シカゴ大学で行った講演(57年2月19日)で述べている覚醒と睡眠の間に位置する「トランス状態」の話は、自分の状態と少し重ねることができた。大きな違いは、創造活動に利用しようとするか、それからむしろ脱出したいと思っているか。今日から“The Joy of Music” を始めるつもり。ずっと前に読み出したけど、おもしろくないので放り出した“Reflections on ASEAN” も進めている。途中で止めたくないので。

地震の夢だった。「震度3」ぐらいだったかな。あわててた人もいたけど、自分は「もう一度揺れるよ」と説明していた。「地震体験」のイベントか何かだったのかも。

スポーツ選手であろうと、政治家であろうと、芸能人であろうと、会見で「英語で話した」が今もなおニュースの見出しになる。いい加減にしてほしい。劣等感の表れなんだろうか。

しかし、自分の周りを見渡すと、「英語で話す」が確かに話題になったりする。うんざり。多国籍、多民族の環境で、最大公約数となる言語が英語だったら、英語で話すことを避けるべきではないし、むしろ積極的にこの言語を活用するべき。そうすることを避ければ、その人の行動や思想の発展は当然限られたものになる。外国人であることは少数派を意味するが、そのぬるま湯のような少数派社会にとどまっていいのか?何のために海外にいるのだろう?酒の注文だけではなく、しっかり主張できるだけの最大公約数言語の能力を持たなければ。少数派は多数派に参加して、その意見を冷静に広め、同時に少数言語への理解を求める努力があってもいいのに。

日本語で日本人だけを相手に、大きな声では言えないことを平気で言う輩もいる。日本村へ帰れ!

さらに、何で英語なんだ。この議論は米原万里さんに任せるべきだろうけど、当地にいる限りは、英語の他に、中国(北京)語、広東語、福建語、マレー語、タミル語で意思疎通(酒の注文ではない!)ができる人がもっと、もっといてもよさそうなのに。日本人、しっかりせい!

No comments: